読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

歌舞伎蝶日記

主に歌舞伎について。それ以外の舞台・ミュージカルも。萬屋・播磨屋・中村屋、加藤和樹がメイン。

お片付けなう

歌舞伎 観劇全般

今、実家で色々なものの整理をしています。

中学生の頃、選択授業で三味線を取っていたのですが、そのときに使っていたものが出てきました。(学校の選択授業なので、当然三味線や撥は借りていたのですが、指掛とすべり止めは買いました。)

勧進帳の極を練習したので、初めて勧進帳を見たときには「これが本家か!」と感動したのをよく覚えています。何故三味線を選んだのかは、自分でもよくわかりません。

私が初めて見た歌舞伎は、歌舞伎座2007年の十二月大歌舞伎 昼の部。当時私は中学3年生。前の記事でも書いたけど、尾上右近くんと同い年です。つまり、三味線の授業を選んだときは、まだ歌舞伎を見たことがなかったんです。


ちなみに、今は亡き三津五郎さんや勘三郎さん、休業中の福助さんを見ることができたので、学校には感謝です。後に映像で見ることはあっても、生で亡くなったおふたりをみたのはこれっきりでした。今月の芝翫・三兄弟襲名の口上で児太郎くんが、福助さんがリハビリ中だとおっしゃいました。また舞台の上で見ることを楽しみにしています。襲名もね。

外郎売は今月初めて見たのに、長セリフがやけに耳に馴染んだし、ところどころはっきりと覚えていたんです。何故だろうと思っていたのですが、その謎もお片付けのおかげで解けました。選択授業で別の学期に取っていた、朗読の授業で練習してたからでした。

A4で4ページ分。長い!我ながら、よくこんな歌舞伎に繋がるものを選んでいたなぁと感心。

他にもご縁があります。中学2年生の頃、バスケ部に所属していたのですが、部活で怪我をしました。右膝の半月板損傷勘九郎さん(当時、勘太郎)と全く同じ。(彼は後十字靭帯も損傷していましたが…)勘九郎さんの約半年後、同じ先生に手術してもらいました。それから1年も経たない内に、人生初の歌舞伎で勘九郎さんの山神を見ることになったのです。
私は結局本格的に復帰できない内に部活を引退してしまいましたが、彼は舞台の上でとても立派でした。勘太郎という名前くらいは知っていたけど彼の芝居を見たのは初めて。この日、勘九郎さんは私のヒーローになりました。「みんなのヒーロー、猿飛佐助!」そうだよ、あなたは私のヒーローだよ。(大千穐楽、おめでとうございます!)

就活中、周りは大手メーカーだのメガバンやその他の金融だのばっかり受けていました。そんな中、私は割とゴーイングマイウェイな就活をしてました。(前もちょっと書いた)その結果、歌舞伎座のすぐ近くで働くことに。転勤もありません。基本マイペースに働けるので、気分転換に歌舞伎座付近をふらふらすることもできます。通勤中やランチに行くときなど、役者さんに遭遇します。
私は歌舞伎にハマる運命だったのかなぁ、とさえ思えてきました。

それは置いといて、お片付けしなきゃ…


あるえ